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落語を演じることの醍醐味 [大衆芸能]

落語はひとりの演者が何人もの登場人物を描きわけます。
こういう芸は世界でも珍しいんだとか。
世界は広いんだしよく探せばおんなじようなのがあるかもしれません。
アマゾンの奥地で落語にそっくりの一人芸発見とかって。

ひとりが何人も演じるのを観る人はどうやって見分けるのか。
それはね・・・落語には上下(かみしも)があってどっちを向いてるかで見分けるんだよ。
というのは正解のようで不正解。

もちろん上下をしっかりつけることは落語の基本。
これがきっちり出来ないと美しくない。
これは私の考えですが、上下をつけることは見た目にメリハリをつける効果がある。

客席から見て右が上手で左が下手。
これは歌舞伎の影響だそうで、日本古来の舞台芸能は大体そうなってるみたいです。
だから「こんちは」と入ってきた人は客席から見て右を向いてなきゃおかしい。
「こっちィ上がり」というご隠居さんは年長者だから左を向いてしゃべる。

問題は入ってくるのが年長者で家にいるのが年少者だった場合。
途中で器用に上下を入れ替える。
ご隠居さんがのこのこ歩き回って若い衆のところへ遊びに行くというのはあまりないのですが、家に入ってから上下を入れ替えなければならないことは多々あります。
3人以上が同時に登場するとややこしいのですが、うまく上下を切り替えることで視覚的なメリハリ効果が出ます。

上下をきっちりつけることの重要性を示した上で、さて、果たしてこれだけで誰がしゃべってるかわかるのか。
目をつぶって聴いていてもどの登場人物がしゃべってるかわかるのは、演者がそれぞれを演じ分けているからに他なりません。
それぞれのキャラクター(「ニン」と言います)をきちんと描き分けているから、まるで芝居を観ているようにわかるわけです。
素人落語で上下がメチャクチャなのに不自然さを感じさせない人がいます。
これはニンの描き分けがうまいからです。

といって、あまり不自然な声を出していたのでは、違うジャンルのお笑い芸になってしまいます。
登場人物のひとりひとりがどういう人間なのか、自分の中で具体的に描けなければなりません。
大事なのは登場人物になりきって演技することですが、落語ですから面白く演じる必要があります。
どんないやなヤツでも、観客が好感をもって許してしまうキャラクターに描くのが腕のみせどころです。

落語を演じることの醍醐味は、主役から脇役まですべて自分で演れることだと言われます。
でも醍醐味を感じる本当の理由は、自分が監督であることに他ならない気がします。

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リス太郎

お3人さんへ
ナイス有難うございます。
しゃべらないね。こそばしてみようか。
by リス太郎 (2008-03-07 06:31) 

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