SSブログ

古今亭志ん五師匠の『柳田角之進』を聴いて [大衆芸能]

ある出版社の社長に誘われ東京落語を聴いてきました。
3月10日(月)の晩、日暮里サニーホールで行われた第10回古今亭志ん朝一門会。
実を言うと東京落語を生で聴くのはこれが初めて。
3時間に及ぶ長い会でしたが、東京落語の魅力を存分に味わわせてもらいました。

3代目古今亭志ん朝。
故人なので呼び捨てをお許し願います。
この日、3月10日は志ん朝生誕70年の日。
70歳になった志ん朝の芸を聴けないのは、落語ファンにとって大きな不幸かも。

お父さんはご存知5代目志ん生。
お兄さんは10代目金原亭馬生。(女優池波志乃さんのお父さん)
志ん生という強烈なキャラクターを父にもち、また師匠としながら、独自の芸風でファンを魅了した。

東京落語ファンで志ん朝が嫌いという人を知らない。
また6代目松鶴を信奉していたこともあり、大阪での口演も多かった。
そのため関西にも根強いファンが多い。
洗練されたほんまもんの粋さのある噺家さんだったと思う。

さて、一門会です。
前座で出てきたのは古今亭だんごという若者。
古今亭志ん五師匠のお弟子さんで、志ん朝は大師匠ということになります。

たぶん入門したてなんだろうけど、あきれるほど下手くそ。
かなり不器用なタイプらしく、ふところ手をして歩く仕草がぎこちない。
「おまえはインドネシアの影絵芝居か」と心中でつっこむ。

落語家になる前はカツアゲでもやってたんじゃないかという風貌。
相撲部屋のほうが向いてるんじゃないかと思う体格。
ただ、よく見ると憎めない愛嬌がある。

津軽三味線や太神楽をはさみながら落語は3題。
志ん馬師匠の『干物箱』に八朝師匠の『粗忽の釘』。
そのひとつひとつに解説や感想を書いていると長文になりそうなのでやめときます。
大トリで人情噺『柳田角之進』を演じた古今亭志ん五師匠のことを書きたいと思います。

主君をしくじり妻にも先立たれた柳田角之進は娘とふたり貧乏暮らし。
碁会所で知り合った両替商・万屋の屋敷で碁を打つのが楽しみ。
ある夜、万屋の屋敷で50両の金がなくなる。
一介の浪人をかばう旦那に嫉妬心を持つ番頭は柳田のあばら家へ。
問い詰めるが柳田は知らぬと言う。
奉行所へ届けを出してもいいですね?と言い残す番頭に柳田は待ったをかける。
自分は50両を盗んだ覚えはないが、武士の体面に傷がつくことを恐れた。
明日までに50両を用立てると約束してしまう。
ただし後日、他所より50両が出た場合、覚悟はいいなとすごむ。
柳田が犯人だと信じきっている番頭は主人の首もセットで差し上げますと軽はずみなことを言う。
とはいえ貧乏暮らしの柳田に50両の金が工面できるはずもない。
自害しようとする柳田を娘は踏みとどまらせ、志願して吉原へと売られていく。
娘の身売りで50両を手にした番頭。
喜び勇んで店に帰るが主人から大目玉を食う。
すぐにお返しに上がるよう言いつけるが、柳田は転居したあとだった。
この50両、年末の大掃除で額の裏から出てきた。
使用人総出で柳田を探すうち、江戸留守居役に出世した柳田にばったり出会った番頭。
隠し切れず全てを打ち明ける。
事情を知った柳田は翌日、万屋邸へ。
主人と番頭を並べて首を斬ろうとするが、振り下ろした刀は碁盤を真っ二つ。
柳田はふたりを斬ることが出来なかった。
娘を吉原に売ったと知った万屋の主人。
すぐに金を用意し柳田の娘を身請けする。
娘も万屋主人と番頭を許し、柳田と万屋の交際はさらに深まった。

以上がこの噺のストーリーです。
私は大昔にラジオで聴いたことがありますが、演者が誰だったかは忘れました。(たぶん志ん朝)

5代目志ん生も得意としていたようですが、志ん生のを聴いた記憶はありません。
演じるのが非常に難しい噺ですが、ストーリーは大したことない。
大したことない作品でも、力量のある演者がやるとぐいぐい引き込まれるから不思議。
そこが落語の魅力でもあります。

この日の志ん五師匠がそうでした。
後で人から聞いて知ったのですが、この落語、40分かかっていたらしい。
時間というものをほとんど感じさせない。

唯一、我に返ったのは、「柳田が金を盗んだのでは」とほのめかす番頭に柳田が一喝するシーン。
下手の前から2番目に座っていた私は、柳田の鋭い眼光を直に受けることになる。
温厚な柳田の顔色が変わり怒りをあらわにする描写は見事としか言いようがない。
まるで自分が番頭であるかのようにビクッとし、「あ、落語聴いてたんだ」と我に返る。

落語というのは会話の連続で話がすすみ、演者という語り手が消えていきます。
話の状況説明は会話から聴き手に想像させる。
ただ、話の途中で演者による地口が挟み込まれることがあります。
状況説明を補うためにするのですが、場合によっては演者の感想を述べて聴き手の同意を求めるものもあります。

吉原に売られた娘が万屋の主人と番頭を許す場面。
いきなり素に戻った演者が、「って、冗談じゃありませんよ・・・」と客に同意を求め笑いをとる。
現代人の感覚ではついていけない話の展開にツッコミを入れながら、武家社会に生きる者の感覚について話をする。

まあ、このお話、現代人が共感するには無理のありすぎる話なんだけど。
ばったり会った柳田が急に出世してたり、だったらもっと早く娘を身請けしてやれよとも思うし。
恋愛小説読んでてページをめくると急に、「突然だがふたりは結婚することになった」なんて書いてあったら、「おいっ」と突っ込みたくなります。
落語というものはそういうちゃらんぽらんなところがあるのですが、以前に書いたように上方落語では、そういう不自然さを極力補う努力がされてきたわけです。

この落語、「名作」などと呼ばれてるらしいんだけど、はっきり言って「台本」自体は平々凡々たる駄作だと思います。
柳田という清廉潔白な侍の心意気を描きたかったのでしょうが。

この「作品」を名作と言われるまで高めたのは作者ではありません。
工夫を重ねながら継承してきた演者たちの力であることは間違いありません。
志ん五師匠の高座を聴いて、米朝師匠の言う「聴かすための工夫」の意味が少しわかったような気がしました。

nice!(2)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:お笑い

nice! 2

コメント 4

リス太郎

ゆゆちゃんへ
誰も来ないね(笑)
by リス太郎 (2008-03-26 22:29) 

ゆゆ

だってリス太郎さんが来ないからみんな来なくなっちゃうんだよ(笑)
by ゆゆ (2008-03-27 10:44) 

mompeli

おひさしぶりです~
なんだか2週間単位で日々すぎている感じです
こーいうときこそ笑いが必要だ~とつくづく思います
by mompeli (2008-04-17 23:57) 

リス太郎

ぺりさんへ
新宿の末広亭で土曜日に深夜寄席いうのがあんねん。500円。二つ目の若手ばっかしの寄席。こないだ行って来たけど、なかなかおもろかったで。
by リス太郎 (2008-04-18 00:06) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0