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第18回歴懇芸能部落語会にて 『初天神』あれこれ [大衆芸能]

先週土曜日(4月9日)、第18回歴懇芸能部落語会が割烹大倉で開催されました。
余震が続く中、多くの方がお集まりくださり、被災地に思いを馳せながら情報交換をしました。
私の開業報告もでき、中トリで『初天神』を演らせていただきました。

出版業界も東北や北関東に縁のある方が多く(特に福島県出身者が多い気がします)、被災地からご親戚などが避難してきてる方もいらっしゃいます。
私も阪神淡路のとき大阪にいたんですが、神戸から親兄弟が逃げてきてて大変でした。
毎日が必死だったのを覚えています。

いつものようにギター漫談やうんち落語、トリはほん弥師匠の十八番『禁酒関所』で盛り上がり、二部はこりもせず福島県出身のみんなのアイドル古川さんによる『雨ニモ負ケズ』。
宮沢賢治は岩手花巻ですが。

私が披露した『初天神』は落研時代の得意ネタで、京都や滋賀の福祉施設や町内会の余興で随分やらせてもらった噺です。
といっても24年ぶりにやるのでほとんど覚えておらず、一からネタ起こししていじくりまわしました。
当時はミタラシで切るやり方でしたが、凧揚げも入れてやりました。

仁鶴師匠のCDからネタ起こししたのが3月24日。
この時点でもうあまり時間がない。
落ち着いて落語の稽古してる状況ではなく、稽古を開始したのは4月1日。
ネタ帳はすぐに真っ黒け。

4月5日にほん弥師匠のご自宅で直前ミーティング(実はただの飲み会)。
「この人たち、ほんまにやる気や」とお尻に火がつく。

やるからには中途半端は許されない。
ベストを尽くさなきゃ。
というんで翌日から3日間は朝から晩まで稽古。
「この一大事になにやってんねん」というツッコミはマクラで採用。

凧揚げも入れてサゲまでやるか迷ってました。
ミタラシで切ると話にふくらみがない。
しかも中トリを命じられた。
でも時間がない。

岡本太郎が出てきて「危険なほうに賭けろ」と言う。
危険なほうに賭けることにしました。(そんな大層な話か)

サゲまで入ったCDを入手してる時間がない。
ストーリーはわかってるので自分で台本を書いた。
演出も100%自前。
だれないように前半の女郎屋のくだりは省いた。

やっぱりこの噺、サゲまでやったほうがいい。
遊んでるうち親のほうが夢中になり、子どもからおもちゃを取り上げてしまう。
現代でも通用する人情であり、お客さんに共感してもらえる。

私が子どもの頃、ゲイラカイトという凧が流行ってた。
私はゲイラカイトを買ってほしかったんだけど、親父が「ニッポン人はヤッコ凧」と言うので買ってもらえなかった。

ヤッコ凧は揚げるのが難しい。
おっさんの絵を描いたヤッコ凧を引きずり回し、近所の子どもには「あいつなにしてんねん」という目で見られるし、しっぽは切れまくるし。

でもヤッコ凧はうまく風に乗るとビュンビュン上がる。
「アメリカの凧に負けてたまるか」と必死になる親父はなかなか糸を渡してくれなかった。

高く上がるかわりに落ちると大変で、フェンスを乗り越えたりしながら拾いに行く。
基本、紙なので補修も大変。
家に帰って習字の半紙でしっぽを直し、また揚げに行く。
正月はそんなことばっかししてた。

上方落語では凧のことを「イカ」と言います。
「タコ」というのは関東方言らしく、昔の大阪では「イカ」と言ったらしい。
しっぽ(足か?)をにょろにょろさせて上がる様は、なるほどタコかイカのようです。
そう考えればゲイラカイトはタコでもイカでもないのかもしれない。

「タコあげ」のことを落語では「イカのぼし」と言っています。
改めて不思議になりネットで検索したら、「イカのぼりでは?」と出た。

イカを鉄柱の先にくくりつけてコイノボリのようにハタハタさすんなら「イカのぼり」でいい。
「のぼし」は「のぼす」の名詞化であり、イカをのぼすんだから「イカのぼし」が正しい。

どうでもいい?

日本全国の凧の方言を調べたら面白いかも。
今はもちろん関西でも凧はタコですが、地方によって独特の言い方があったのかもしれません。

落語の出来はまずまずでした。
ミスが比較的少なかったと思います。

マクラから落語への移行に違和感があり、「あ、落語始まっちゃったよ」感を感じました。
「このままずるずるいくの?」的な不安を感じましたが、子どもが出てきて笑いが起き、うまく波に乗せてもらえた。
「なんでここ受けへんのん?」という個所もいくつかありましたが、大阪弁がわかりにくかったと分析し反省しています。
もっと笑いを増幅できなかったかという大きな課題はありますが、全体的によく笑っていただき、なんとか飽きさせずにサゲまで持っていけたと思います。

マクラでもちょっと触れたんですが、笑いは大事だと思います。
笑ったからといってお腹がふくれるわけではありませんが、人間らしい生活に笑いは必要です。
笑いを職業にしてる人は被災地に笑いを届けることをためらわないでほしいです。

私の出身地である神戸も立ち直るのに長い年月がかかりました。
一年後、中国から来た客人を三宮と元町に案内したときのこと。
たった一年でこんなに復興するのはすごいとおっしゃる。
観光を適当に切り上げ、長田へ連れてったのを覚えています。

ルミナリエで観光客を呼び込んだのは成功例として参考になると思います。
時期が来れば東北に旅行したいと思います。
本当に復興を願うならそれが一番正しいやり方だと思っています。

そして復興から取り残される地域がないことを願います。
復興税も必要でしょうが、やはり国債に頼るしかないように思います。
この震災は津波による被害が甚大で、呆然とせざるを得ないのですが、港を整備して早く漁業ができるようにすべきです。
もちろん避難所にいる人の暮らしを何とかするのが先決ですが、産業が興らないと働くところもない。

東北や北関東の海の幸・山の幸を安心しておいしくいただきたい。
(わしはちょっとぐらい危険でもむしゃむしゃ食うぞ)

こないだ有楽町で買ってきた福島のキュウリ、めっちゃうまかった。
また買いにいこ。

おわり。

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コメント 9

リス太郎

しゃべらへん?
by リス太郎 (2011-04-22 19:06) 

ゆゆ

うーん、噺の内容を知らないんでねぇ。
落語のCDが欲しいとは常々思ってはいるんだけど。
落語は面白いからね。
by ゆゆ (2011-04-23 22:22) 

リス太郎

図書館で借りたら?
上方落語でおすすめなのは笑福亭仁鶴と桂枝雀。あと桂吉朝、桂雀々、桂文珍。新作ならもちろん桂三枝。笑福亭福笑の新作も面白いんだけどCDがないかもね。あと私は聴いたことないんだけど噂によると福笑師匠のお弟子さんで笑福亭たまという人が注目株だそうです。
ぐっすり眠りたいなら人間国宝の米朝師匠です。安心して眠れます。(下手な落語は安眠妨害にしかなりません)
三枝師匠のお弟子さんで桂三ノ助という人がいて私の小中高の後輩です。母親同士が仲良しなだけで会ったことないけど。面白いかどうかは知りませんが陰ながら応援してます。
by リス太郎 (2011-04-24 18:30) 

ゆゆ

桂枝雀好きだったんだなぁ・・・桂文珍も好きだな。
柳家小さんも好きだし、古今亭志ん朝も好きだなぁ。
春風亭小朝も結構好き。米朝師匠かぁ、聞いてみたいなぁ。
最近は言葉の関係で放送禁止用語が多くてテレビやラジオでもオリジナルが放送されないしね。
CDで聞くしかないのかな~
by ゆゆ (2011-04-24 22:45) 

リス太郎

テレビやラジオでなくても放送禁止用語は使っちゃいかんと思うよ。以下、この件に関する私の意見です。ご参考まで。

放送禁止用語が使えないから文化が滅びるというなら、どうぞ滅びてください。そんな文化など、ハンマーで打ち壊す対象でしかない。己の芸が未熟なことの言い訳に使うな。「古典の継承」は「正しい日本語を使おう」という思想に似ている。ナンセンス極まりない。古典落語はつい最近まで「古典」ではなかった。目の前にいる人を楽しませられなくて何が大衆芸能か。落語は一部の落語ファンのものではなく、大衆(ピープル)のものでなければならない。落語は常にその時代のピープルの視点で社会を見つめており、現代人の感覚に合わないもの(差別用語を古典の継承という大義名分を理由に平気で使うチョンマゲ思想)は徹底して排除すべき。落語は時代を超えて手を変え品を変え、視点や切り口を変えながら大衆に受け入れられてきた。風俗や文化は江戸時代のままでも、そこに本質的な人間の可笑しみやペーソスが表現されているから、そして「現代」の大衆に共感される演出を研究し続けてきたから、落語は「文化遺産」になっていない。芸能文化の歴史を記録する速記本と違い、現代の落語は放送禁止用語や差別用語を使ってはならない。今日の落語は現代人の常識である人権感覚を一般人以上に持たずして生き残れないと思います。
by リス太郎 (2011-04-25 12:49) 

ogacci

放送禁止用語のコメントはメディア倫理法制の授業でつかいます。リス太郎さんも言っているよと。基本的には表現の自由なんで、差別用語でもええやないかという意見があるのですが、一方で、名誉毀損や侮辱ということもあるわけで、無責任な表現の自由などはないのです。つまり、法益の話です。表現の自由の法益で保護すべき内容かどうかはその時代の意識が決めればいいのです。映画館で火事やと叫ぶのが保護されるかどうかというたとえは保護法益の話で有名ですが、わいせつという判断や名誉毀損という判断にしてもその時代が決めることだろうと思います。つまり、時代が人権確立をめざすなら民衆はその方向にむかって文化を創造すべきだということです。古典はあくまでも古典です。といっても、本当の古典をやったとしても誰もわからないでしょうね。歌舞伎や能のセリフを全部判る人などはまれでしょう。大衆のわからない古典落語では存在が矛盾していますよね。がんばってください。
by ogacci (2011-05-03 15:10) 

リス太郎

おがっち先生へ
いつの間にコメントしてんねん!?
油断もスキもあらへん。
授業なんかで使わんといてや!
先生の股間に関わりまっせ。
(沽券か。自分でつっこんどこ)
by リス太郎 (2011-05-19 23:49) 

ogacci

リス太郎さんも今は色々と忙しいから、ブログどころではないかもね。月末には東京に参りますのでよろしくね。
by ogacci (2011-05-22 19:07) 

リス太郎

あっ、こんなとこにもコメントしとる!
by リス太郎 (2011-05-23 12:16) 

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